Category: ダイアリー

蟲師

っていう漫画(とアニメ)をご存じでしょうか。

ハマっております。

なんだろうねあのクオリティーは!

ギンコさんかっこいいよ!

原作の漫画はもちろん、アニメもすばらしい!

なんとも美しい雰囲気を持った漫画なのですが、二次元ではもちろん表現に限界がありますから、アニメはその美しさをば、音・色・動きを用いてあの原作の持つ美しさをあます処なく表現してくれました。

いやー、あそこまで忠実に再現してしまうとは…ひとコマずつ、ひとセリフずつ、ほとんどきっちり正確に原作に従ってるほどです。

いやはや蟲師あっぱれ。

あそこまでアニメが素晴らしいと、やっぱ原作よりアニメが注目されてしまう感も否めないですが、あのアニメは原作ありきなのですよねー。アニメ化によって、あの漫画は完成した…といったところでしょうか。

あ、蟲師のあらすじ等詳しくはこちらでご覧下さい。

ていうか漫画家って物凄い才能の持ち主ですよね。色んな背景や人物の動きや角度やあらゆる物を、魅力的に描けなければいけない&人を引き込むストーリーを編み出さなければいけない。そしてより奥深い物語を生み出すには、洗礼された哲学や思想や知識を持っていなければならない。

物書きと絵描きの両方の才能がなければ良い作品を生み出せないのですよ。すごすぎます。こんな素晴らしいエンターテイメントを誇っている日本ってすごいと思うんですが。

それで作者の漆原友紀さんは、絵も物語もどちらにも独創性をたぎらせています。どちらも素晴らしく両立してます。その磨かれたふたつが合わり、誰も体験したことのない、しかしどこか懐かしいあの魅力的な世界が確立しているわけです。

日本の原風景を背景に、静寂に神秘的に知的に物語が綴られている、それはそれは美しい漫画なんです。

あの漫画の中を霧のように漂う静寂さは、物語を「白と黒」「善と悪」では作らない事が要因しているのでしょう。まるで昔の日本人の精神を反映させたかのようです。中立的に、極端に落ち込むことも激しく舞い上がることもなく、どんな物事もさざ波のように捉え、ただひたと息づく…。日本的です。

そして水彩画がもんのすごく美しい!光を絵の中に取り込んでいるかのようです。日本画のような淡い色合いで、清らかな空気が流れているような絵を描かれます。どうしてまぁ、あんなにも美しい絵をかけるものやら…。

「蟲」とは一般的な虫とはまた違い、超常現象や怪奇現象といったものを起こすような、いわば幽霊的な存在の事で、しかしそれらは動物や植物と同じように生きていて、そして彼らが生きるために行う事は時として人間に影響を及ぼすわけです。ネズミやゴキブリと同じように(ちょっと例えが貧しい?)。それを「蟲師」である主人公「ギンコ」が解決していくのですが、殺生の物語では決してないのです。

彼や彼の師は言います。

「怒りや憎しみに目をくらまされるな。それぞれが、あるようにあるだけ。逃れられるものからは、知恵ある我らが逃げれば良い。」

なんてかっちょいいんでしょう。鳥肌が立ちます。

 

主人公もその“蟲”によって大変な人生を歩んでおり、昔は蟲を憎んでもいたのですが、ある事がきっかけで「この世にいちゃならないものなど存在しない。」と悟り蟲を受け入れ、そして旅をするのです。かっちょいいー!

 

もうひとつ、ギンコの名言でかっちょいいのがあります。

「人と自然は切り離されはしない。人は、自然の一部に過ぎないのだから――」

はぁぁなんつぅ…素晴らしい。こんな漫画があってくれて嬉しい。

もはや、漆原友紀さんを愛してます。彼女の感性・価値観がとてつもなく好みなのです。それは我が兄弟も同じくして、現在弟と画集を購入しようとかファンレターを書こうとか、色々計画中です。(計画だけで終わらない事を祈るばかりです)

日本がずっと抱きかかえてきた神秘性を、漆原さんは丁寧に掬い取ってくれるのです。

日本っていいですよね。目には見えないものとひっそり共存して、敬ったり。質素だけど自然と体と心の声に従った生活をずっと続けてきていたり。現代ではそういうものが失われてしまったと言われていますけれども、ずーっと培ってきたそれらがここ何十年で消滅するわけがないと思いたいんです。きっとそれらは私達のDNAやどこかしこで隠れているはずです。そういう物事に出会えると、嬉しくなります。

でも、どうなんでしょう。突然「昔の暮らしに戻りましょう」とか言われても、実際にはこの便利な生活に慣れてしまって、相当戸惑いますよね。パソコンがなければ商売が成り立たないし。でもこういう便利グッズ(ちょっとニュアンスが違いますけれども)があるために自然や伝統とは乖離してしまってる…。うーん、難しい。もはや私達は地球に負担をかけ矛盾を生み出さないと生きていけなくなっているのでしょうか。でもその上で出会う事ができる、本当に素晴らしい事というのも存在すると思うのですが…。例えばインターネット。凄い事ですよ、世界の裏側と一瞬にして繋がる事ができるんですもの。インターネットやその他諸々の便利機能やら新システムやらがあるお陰で、昔では成しえなかったようなクリエイティブな人生を送っている人だってたくさんいるのだし。でも、電子機器等、私達が日頃なじんでいる非有機的な物体が地球に負担をかけ、生態系に矛盾を生んでいる事は事実で、そんな大きな犠牲の上での“幸せ”は、果たして本物なのか。

どうあるべきなんでしょう。昔に完全に戻るべきなの?今のまま、物質の進化を望み続けて良いの?

現代と昔とを融合させたまた新しい生活スタイルを築けたら良いのでしょうか。何か一番良いのでしょうね。分からん。

 

あー、それにしても蟲師は良いです。漆原友紀さん愛してます! 

らん

ややお見合い的飲み会

建築関係のお仕事をされている宮崎の本家のS兄上(私のまたいとこ)と、宮崎家を建築してくださったO建築設計工房さんのもとで修行されているA子さんを、一応お見合いというカタチで合わせることになり、先日ラソネさんにて“ややお見合い的飲み会”が行われました。

参加メンバーは、OさんとA子さん、宮崎夫妻と本家のSさんと私です。

Sさんには私が小さかった頃、よく遊んでもらった記憶があります。大変お優しい方です。社長はSさんを可愛がるあまり、よくいつもの説法を説いています。御気の毒な話です。

A子さんはモナリザに似ておられる女性です。ウエーブのかかった栗色の髪の毛に、腰の辺りで組んだ白い手がねぇ、ほんとにねー…ウフフ…。微笑んだときの口元とかも似ています。まだ22歳とお若いですが、精神的な成熟感を醸し出してらっしゃいます。私もあんな大人っぽい22歳になれるかしら…。

そしてA子さんの本名はですね、昭和時代の格調高き女優さんの芸名のようなね、気品と知性の漂うお名前なのです。かっこいい!

Oさんは、一見(私のイメージでは)テディーベアのような方ですが、中に熱く燃え盛る情熱を持ってられます。まさに芸術家です。

そんな、情熱を常に外に発散していないと爆発してしまいそうな人が造るのは、物言わぬ建築物・・・。うーん、なんとも味わい深いギャップだ。ただの箱ともなりかねない家に命を吹き込むには、あの情熱はきっと必要不可欠なのでしょう。

 

社長とOさんとは昔、某画廊にて同時に個展をやっていた事がきっかけで知り合ったそうです。それでガツガツと語りこむうちになんかお友達になったそうです。

2人の会話、凄まじいというか、勢いだけで喋ってるというか…(失礼)見てると面白いです。噛み合ってるのか、噛み合ってないのか…いや、噛み合ってないのでしょう。

先程も書いたとおり、Oさんには我が家の改築も手掛けてもらいました。その際のエピソードで、宮崎家に語り継がれ(?)ているものがあります。

仏間の隣の縁側のに付いているドア(開けるとトイレへと通じる廊下が伸びてる)を塞ぐ事になったとき、おばあちゃんがそれについて反対したそうです。

Oさんが何故か問うとおばあちゃんは…「なんか騒ぎがあったとき困るから」。

それについてOさんが「騒ぎって一体なんですか」と問うと…「例えば葬式があったときとか…」。

更にOさんが「誰の葬式ですか」と問うと…「まぁ、順番的にいって自分が…」。

すかさずOさんが「なんで困るんですが」と問うと…「そのまま仏間からトイレに向かうと、食卓の上の散らかってるのが丸見えで、お坊さんとかお客さんとかに見られるのが恥ずかしいから…」。

するとOさんは臆することなく一言。

「え、でもその時おばあちゃんこの家に居ないんでしょ?なら問題ないんじゃないですか。」

「・・・」

こんな落語みたいな会話の末に、結局我が家の縁側の戸は塞がれました。

 

で、気になる「縁側のドアをOさんが塞ぎたかった理由」ですが、実はそこがまだ明かされていないのですが…

まぁOさん曰く、「快適で済みやすい家というものが、本当に良い家とは言えない」との事で、そこら辺の哲学的な理由によるものだと思います。

Oさんの家についての考え方はすごく奥深くステキなのですよ。

他にも例えばうちの改築についてですが、階段を玄関付近か奥の方に設置するかでもめたそうです。

で、Oさん曰く「家は工場とは違う。工場の通路のようにいかに効率的かばかりを考えて家を造ってきてしまったために戦後の家は工場と同じになってしまった。家に入ってすぐ二階へ上がれれば効率的だけど、茶の間、食卓、台所を通って家族やお客さんと顔を合わせて二階に行く…こうして家庭の調和が保たれるんです。」

なんとも拍手を送りたくなるような建築哲学ですね!

そして名言がもうひとつ。

「家は、技術に頼ってしまったらおしまいなんだ。ハートで作らなければならない!」

それについて社長は「良い家を作ろう技術を学ぶのは当たり前だろうに、『技術に頼ったらおしまい』か…。物凄い矛盾だ。すごい。」だそうな。確かにそうだ。すごい。

 

Oさんに、古い家、についてお尋ねしてみました。

私はいわるゆ古き良き時代を偲ばせるようなおうちを見ると、無償に「残したい!」と思うのですが、“継承すること”と“懐かしいから残したい”とは似ているようで違うと仰ってました。

“継承”の意味としては…

①コストが削減できる

②昔の人がその土地での暮らし・その土地の気候風土に合わせて「住みよい家」を気づいてきた。先人に学ぼうぜ!

③日本人にとっても、日本の環境にとっても木材が適当。

 

Oさんも以前仰っていたように、古くから日本で親しまれてきた家のカタチが、昔の日本人の自然を慈しむ気持ちや(因みに…日本は空間を“空ける”間取りによって、家屋に自然を取り込んできたのだ、とOさん)人間関係の調和などを(囲炉裏を囲んで家族が自然と集まったり「田の字」の間取りが家族の絆を繋いできたり…とOさん、の知恵を借りたと思われる社長)築いてきたんではと思いますので、(カッコ、おおいなっ!)ぜひともそういった昔の日本家屋の形は残していってほしいな~と思った次第にございます。

うーん、確かに「懐かしい」っていう感情は、単なる執着にもなりかねないのだろうな・・。

でも息抜きとして、流行を取り入れる事は大切だとの事でした。ずーっと「本当に良い家」に住んでいても、いずれは飽きてしまう。だから流行も大切。本当の良さを知るためには、よそ見をするのも大切。って事なんですかね?

 

A子さんとは席が離れていたため、あまりお話する事もなかったですが…今度ぜひ我が家へ遊びに来て下さい!

という話になり「今うち白壁が剥がれまくってるんですよ~」と美智子さんが漏らしたため、いつかは白壁塗りながら飲み会しようぜ!という事が決定いたしました。

剥がれた白壁に、観やるんが紙粘土を塗りたくってるのです。

あ、でもあれですね。白壁を上塗りする前に、どわーっとでっかく絵を描きたいものですね。

さあ果たして実現するか否か…。

 

 

ところで、ここまで書き連ねていてお見合い的な話題が出ませんが、あれですほら「お見合い的飲み会」ですから。ご了承を。

みんなそれぞれワイワイ喋って代行で帰りましたとさ。おしまい。

 

らん

からころ堂 岩木にopen!

からころ堂2

からころ堂1

世のお母さんと赤ちゃんたちのための活動をされているtencherryさんが、新しくお店を始められます。

(詳しくは↑の画像をクリックしてご覧ください)

店主さんは、ここ上越市で初めてホメオパシーの資格を取られたのだそう。

とってもきれいで素敵な方です。

ぜひとも足をお運びください!

らん

100218料理教室

18日(木)は料理教室が行われました。

今回は3名+赤ちゃん1名という小編成でした。

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雪も大分溶け、この日はいい天気。1月の料理教室は猛吹雪で中止になったため、今回は無事開催できてほっと一息。

*今回のメニュー*

・小豆入り玄米ご飯(おめでとう)

・大根フォンデュ

(クズでかいた塩味の大根に、油で揚げたそばがきやおもちを入れて食べます。

・レンコンセージ

(レンコン/ニンジン/タマネギ/セージの葉/ヤマトイモ(つなぎの役割)に、地粉をつけて油で揚げます。)

・切り干し大根サラダ

・ブラウニーズ

(キャロブ粉(イナゴ豆の粉末)で作るチョコレートケーキもどき)

・手作り甘酒

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そして毎度おなじみなTさんとMちゃん親子も登場。

Mちゃん、君は実物大のキューピーちゃんですかい。(かわいすぎる)

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みちこさん含め4名でお料理しています。

和気あいあいと、和やかな雰囲気です。

少人数の醍醐味ですな。

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るんも大好きなMちゃん。電子機器に目がなく、さっそく電話を掴んではなしません。

それにしても、昔のるんとMちゃんってそっくりだわ〜

体のバランスとか頭の形とか。顔も似てるし。

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社長もめろめろで、かわいさ余って足首を掴んで遊んでます。

私たち3兄弟も経験済みの、お家芸(?)です。

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そうこうしている間に、ブラウニーズが焼けました。

この前初めて本物のブラウニーを食べたのですが、やっぱり本物のブラウニーはチョコレートの味でした。当たり前ですが、ええ。

でもこのブラウニーズにも、これにしかないおいしさがあるんですよ。ただ真似っこしてるだけじゃあないんですよ。

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こちらは大根フォンデュのそばがき。

ほんとは、もう少し楽チンなおもちで作るつもりだったんですが、リフレッシュレッスンでのそばがき大根フォンデュを楽しみに来られた皆さんのリクエストにより、そばがきに変更。

ご好評いただいているようで、うれしい限りです。

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こちらはレンコンセージを成形後、焼いている図。

もう既に具には火が通っているので、焼き目をつけるだけでokです。

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はいっ。こちらが本日のメニューです。

レシピと詳しい紹介はプティHPのトップページ下方に掲載されています。

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ではでは、今日は茶の間ではなく仏間にていただきましょう。

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キャッキャウフフと皆さんがお話されているうちに、Mちゃんは眠りについたのでした。

皆さん、ご参加ありがとうございました!

らん

レシピはこちら(の下方)

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皆さんの感想はこちら

高橋大輔選手

オリンピックの男子フィギュアで銅メダルを取られた高橋大輔選手。

やー、ショートでの演技でファンになっちゃいましたよ。色っぽかった。

氷の上で踊るのって、なんて幻想的で芸術的なんでしょう。

今までフィギュアを見るにしても、ジャンプが成功するか否か、にのみ目がいっていたので・・・フィギュアスケートの魅力を知らずに生きてきたので、こんなに美しいものなのかと、ていうかこんな美しい表現ができるものなのかと驚きました。

頭からつま先まで全部で演技してて、特に表情がよかった。あの濃ゆいお顔はフィギュアスケートするためにあるのだなと思いましたね。リンク上で栄える栄える。

あとね、外国の選手に比べたら背の高さも手足の長さも足りないですけど、もうあんな演技されちゃったらどうでも良いんですよ。ていうかそれでこそ高橋大輔なんですよ。まぁ他の選手と比べたら違和感はあるけど、あれこそ日本人なわけで。

・・・うん、あの、自分に重ねて嘆いてるのでは決して・・・。

いやいや、むしろ彼はあの演技をするためにあの姿形で生まれてきたのだなと思いましたね。

ああかっこよかった。

他の選手を見てると、ジャンプにばっかり意識が行ってて全体を通しての表現を忘れしまっているような、頭から指先・つま先まで意識を通わせる事を忘れてしまってる人がいるんですよね。極端な言い方ですが、ジャンプ以外のうごきはジャンプに行きつくまでの準備運動~みたいな。(高橋選手みたいなのを見てしまうと、他の選手の詰めの甘さやらがよく見えてしまう気がします)

一番大切なのはジャンプじゃなくて、どれだけ圧倒的で美しいパフォーマンスをしたかだと思うんですけどね。

でも、より高い得点を得るためにジャンプに意識が行くのは当然なんでしょうけど。(でもそれだと、純粋にスケートを好きだって気持ちを見失っちゃいそうですよね。どうなんでしょう。)

いや、ジャンプには実際技術面での技量が表れるのだろうし、高い技術があってこそ美しいパフォーマンスが生まれるし、大切な事には変わりないんですが。

だけどやっぱり、最終的に目指すのは技術面で得点をどれだけ稼ぐかではなく、高い技術を持った上でどんな美しいパフォーマンスができるか、なんだろうと理解した訳です。

でも、高橋選手のような心に響くような演技とかの美しさとはまた別な、常識を超えて高すぎる技術が持つある種の美しさというのもあります。

プルシェンコとか、オリンピックのフリーのはなんかアレでしたけど、あの人ほんと体重を感じさせないような軽さで高くて速い、見事なジャンプをやってのけ、踊りもセンスよくて、体をどう動かしたら良いのか潜在的に知ってる感じ・・・なんて言うのか、隙を微塵も見せず小気味よく踊るのです。努力の跡とか頑張ってる感じが全く感じられなくて、それらを超えて踊ってるような。本当に高い技術を持っているんだと思いましたよ。やっぱり高橋選手にはないような。超次元フィギュアですよ。超次元プルシェンコですよ(なんかこの響き愉快)。

(話は変わりますがプルシェンコの表情って、とてつもなく冷淡そうに見えますね。)

だが私は高橋大輔のあの演技が好きだ!あれは彼にしか成し得ない!好きだ!

上位の2人とは比べる必要がないような気さえしますよ。だってもう、彼にしか成し得ない世界があるのだもの。体の中で音楽が鳴っているような・・・。いえ、素人なものですから技術面とか実際のところどんな評価がされているのか全く分かりませんが。

だけどもっと極めたのなら、更にすてきに仕上げてくれるのだろうな。それは見たいな。どうなるんだろう。

でも高橋選手がプルシェンコのような超次元フィギュアを目指す必要はないと思うんですけどね。

あとね、なんか2008年の怪我前と顔がかわってる気がするんです、高橋選手。髪型のせい?

キリッとしましたよ。目とか。それと、むさ苦しい感じも消えました(それは髪型のせいか)。筋肉もすっきりして、フィギュアスケーターっぽい体系になった気がしますし。

怪我して、色々脱皮したような。そんな印象を受けました。これはYOUTUBEで高橋選手の復活番組を見すぎたからでしょうか。

あとねー、一見チャラいんですけど、すごい穏やかで良い人なんですよねー。

あの小鼻の大きさ、本来はものっそいナイーブな面を持ち合わせているような気がしてなりませんね。

ああ、しかし高橋大輔の演技はすごい。すてきすぎる。

これからもマイケルと同じく応援いたします。

つい最近フィギュアスケートに興味を示したばかりなのに、なんだか上からものを言っているような、分かったような分からないような事をつらつらと・・・

こういう事は大得意です・・・どうもありがとうございました。

らん

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