【1月23日】心と体がよろこぶマクロビオティック教室(柏崎夢の森公園さん主催)

Posted by らん on 2011 年 1 月 27 日 under ダイアリー | 1 コメント

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柏崎夢の森公園さんに「心と体がよろこぶマクロビオティック教室」を企画していただきました。講師は美智子さんが勤めさせていただきます。

開催日は、1月23日・2月27日・3月13日(いずれも日曜日)の3回。

先日1月23日に行われた第一回目の教室の様子をご報告致します。

(ありがたいことに残る2回も満員御礼となったため、申込受付を締め切らせていただきました。ありがとうございました。)

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上越から柏崎へは約1時間。

当日の朝、上越はモコモコと雪が降っており・・・。

心配していたのですが、案外大したことなくて良かったです。

参加者さんはほとんどが長岡方面から。雪の中、約20名の方々にご参加いただきました。ありがとうございます!雪道運転お疲れ様です!

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↑こちらが本日のプログラム。

スタッフのフッキーさんの手作りです。手作り感あふるる。

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↑そしてこちらが、このイベントを企画して頂いた夢の森公園スタッフのフッキーさん。サバサバしてて明るくて曇りひとつ無い、元気いっぱいの少女!な雰囲気の、ステキな女性です。

めっちゃ司会進行うまくて段取り良くて、羨ましい。どーしたらなれるんですか。

以前ノゾミさんとのコラボ企画「ヨガとマクロビのリフレッシュレッスン」にご参加いただいた事があり、それがきっかけで今回の企画が実現したワケです。うれしいですねぇ。

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まずは講座からスタート。

なぜマクロビに出会ったか、どんな効果があったかなど実体験に基づいたエピソードや、そもそもマクロビとは何か、マクロビの基本、などなど。

あれ、美智子さん緊張してる?

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メニューはこちらをクリックでご覧いただけます。

30分くらいの講座の後、簡単に各料理の説明をし、ひと班につき一品を作ります。

ほんとは全部のお料理に関わっていただきたかったのですが、時間の都合上叶わず・・・。申し訳ありません。

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写真は、夢の森のスタッフさん。

この日は女性スタッフさん方にしかお会いしなかったのですが・・・

その、女性のスタッフさん方がもう、すんごいかっこいい!

キリッ!として、テキパキしてて、かっこいい。

常に周囲に目配り気配りされていて、やるべきことは間髪入れずに爽やかにこなされる姿がかっこよくてもう。

すごく瞬発力が良いというか、ボクサーがジャブしてるみたいにいつでも応戦できる姿勢をずーとキープされていて、とにかく行動が早くて的確!できる人っていうのが顔つきとオーラから丸分かりでした。清清しい~

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握ってもらっているのは「黒米入り玄米おにぎり」

かわいくきれいに握っていただきましたー。さすがです。

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このアップルパイ、バターや砂糖を使わないシンプルなものなんですが、うまし。大好物です。

生地はパイというより、ロッククッキー・・・みたいな。ちなみに材料は地粉と全粒粉と塩とごま油。

この生地がうまいんですよ。粉のうまみ、ゴマ油のまろやかさ。塩気が効いてていいんです。

それに煮リンゴとレーズンとサツマイモを入れるんですが、これがまた絶妙で。

リンゴだけでももちろん美味しいのですが、サツマイモが生地とジューシーなリンゴのつなぎの役割をしてくれるんですかね。

生地とリンゴの食感にけっこうギャップがあるので、サツマイモの柔らかさが中和してくれるようです。しっとりします。

リンゴとサツマイモと生地のやわらかい甘みに、レーズンが加わるとそれがスパイスになります。優しい味の中にもピリッと甘酸っぱさがあって、いいんです。

ちなみにレーズンは公園お手製のラム酒漬け。美智子さんが「こんなおいしいアップルパイ初めて!」と大層よろこんでおりましたよ。

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切る時はこう、逆さにひっくり返して切ったんですが、ひっくり返す作業がひと手間。

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それを、エコハウスカフェの板さんがきれーにやってのけて下さいました。まな板で両面をはさんで、ひっくり返して・・・

お見事!さすが!

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盛り付けも済み、「いただきます!」

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こちらが本日のメニューです。

うまかった。

でもすごいボリュームだったので、後で「いつもこの量食べてるんですか?」と質問を頂いてしまいましたぜ。

いえいえ、今日は特別なんですよ。いつもはこの1/3倍ですよ。少食なんですから、私は・・・ふ、ふふふ・・・

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その後はまた、勉強会。

こんどはマクロビの理論について。

主に「陰陽」のお話なんですが、陰陽10年と言われるようにこれがまた、核心に触れるまでがむづかしい。

好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌いなので、どうぞお好みで。

でもけっこう面白いですよ。

「時間が陽で、空間が陰」とか・・・

意味わかんないけど。

 

その後、班ごとに分かれて感想などを語り合っていただきました。



大分時間が過ぎちゃったところで、終了です。

皆さんご参加ありがとうございました!

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そうそう、夢の森公園は屋内のイベントもされてますが、メインは外の里山での活動なのですよ。

ぜひHPをご覧ください。

 

他の写真はこちら

体と心がよろこぶマクロビオティック教室in柏崎夢の森公園

Posted by プティ on 2011 年 1 月 26 日 under マクロなレシピ | 1 コメント

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疑問

Posted by らん on 2011 年 1 月 21 日 under ダイアリー | 4 コメント

よく分からないんですが、私は今、様々な疑問を抱えています。

しかしその、疑問の素?みたいなのが心にもやっと漂ってるだけで、それをなかなか言葉にできないでいます。

あーもう、頭の中ぐっちゃぐちゃのツヤッツヤ(脳のシワ的な意味で)。

まぁいいや。とりあえず、不完全な部分もあると思いますが、整理するためにも今疑問に思ってる事を書いてみます。



私の周りには「すごい人」がたくさんいます。面白い事をしていたり、慈悲の塊のような人であったり。私もそんな方々が大好きですし、みんなにも愛されています。

しかしそういう人を見るたびに、なぜか落ち込んでいる自分がいました。(その理由も今までよく分らなかった)

なぜかというと、「すごい人」と評される人がいるということは「特にすごくもない人」もいるからです。そしてそれはもしかしたら私であるかも知れないからです。

「すごい人」になるべきなんでしょうか。そんな思いに苛まれ、焦ります。

すごい人は、いい人だし、いい事をしている。

私もそうあるべきな気がするんだけど、そう思うたびにどうも苦しくなってしまい・・・

私はぜんぜんいい人じゃなくて、いい事も別にしたくない。そんな私が「すごい人」になろうとしたら当然苦しくなります。

すごい人にならなければいけないんだろうか。

でも、どうして「すごい人」になりたいんだろう。

価値が欲しいから?

すごい人は価値があって、すごくない人は価値がないの?

でも「価値」っていうのは評価する人がいるからこそのものであって、絶対的な人間としての価値って無いのかも。

しかしすごい事してる人はすごいし・・・

うーんと

って感じです。

もひとつ



自らも楽しんで、地球に良い事・良い生き方(自給自足的な)をしている方々がたくさんおられます。

それは人にも地球にも良いに決まってて、それは地球を正常に戻すのに必要な事だと思うんです。

きっと、もっとたくさんの人がそうやって意識して地球に寄り添うのが良いのだろうし、私もそうした方が良いのだろうけど。

しかし残念ながら、「人と地球にやさしく生きる!」なんて言ってもそれは単なる義務感からで、偽善で、苦しいだけ。良いに決まってるのに、あまり気が向かない・・・

だが現に地球環境は脅かされていて、しかしやっぱり、無理やり「地球の為!」と思いながら生活するのってなんかちょっと違う気がする。

できたら自由に生きたいものなんですが・・・でも環境が・・・

もいっちょ



よく精神世界系では「ワクワクする方向に進んでいけばよい」と言います。ワクワクする方向へ進んでいけばとにかく良いのだと。人生を意義あるものにするし、世界にも良い事だと。

私もそうしたいです。

そして、今まで暮らしを便利にする技術を生み出してきた先人の方々だってきっと、(全てではないにしろ)ワクワクしながらやってこられたはず。

きっとワクワクしながら何かをする事はこの上なく幸せであったことでしょう。そして誰もがそうなのでしょう。

でも先人が築き上げてきたそれらによって、人間は楽をしてしまい、環境を壊してしまうという結果をも作りあげてしまいました。

それってどうよ。ワクワクしながら作った結果がこれだぜ。

ホントにワクワクを信じて生きて良いのかしらっていう。

ワクワクに従って生きる事こそ有意義な人生の送り方なのだろうけど、でもただ純粋にワクワク生きた結果、いつのまにか世の中がおかしくなっちゃってたなんて事があるはずだと思うんです。

うーん



龍馬は日本の為を思って、日本のために生きましたよね。

でも、第二次世界大戦が起きましたよね。

ついでに今の日本のこの空気ですよね。

これは龍馬が日本のために生きた人生を、全て無駄にしているっていう事なのではあるまいかー。

むしろ、極端だけど龍馬や、過去の偉人たちが日本を変えたことによって全ての問題が起っているともとれてしまいます。

だって、些細なことでも過去に何か少しでも違っていたら、その後の未来は大きく違うはずです。誰かが生まれていなかったり、何かが起らなかったり。そんな小さな事が重なりに重なれば、大きな事実だって変わってしまうかもしれない。

どんなに日本や地球や人のためを思って生きても、後世に何が起るかわからなくて、そしてそのたびに、その人の評価や成したことへの解釈は変わってしまう。

何か事をなしてもそれは良い方向にも悪い方向にも変わり得る。そうこうしている間にいずれは地球も終わりを迎える。おそらく人間もいずれ消滅するかも分からない。

いや、でも身近にいる人を守る事が目的なら、未来がどうなろうと構わないし・・・

うーん、私は何が疑問なのか。分からない。



自らが楽しみながら、そして世間も求めている何かを成して、世の中に求められ認められるために生まれてきたんだと思って生きてたようです。それこそ良い人生だと思い込んでいたし、そうじゃないといけないんだと思ってきたみたいです。

常に目標を持って生き生きと、キラキラ輝きながら生きなければならない!

ところが、私はそれを叶えていない。そう思うたび、とても息苦しくなってしまいます。

本当にそれが「正しい生き方」なんだろうか。

全ての人がそう出来るものなんだろうか。

特にこれといった才能も無く認められもせず、普通に暮らして死んでゆく人もいる。

それは失敗で、その人は世の中にとっての脇役でしかないのだろうか・・・。

ステージの上の人は主人公で、観客は脇役?

平凡な人や平凡な人生の価値ってなんなの

世の中はなんとなく、脚光を浴びるような人生を褒め称えるけど、それってどうよ。それってどうよー

それに何故、才能を持った人と、至って平凡な人がいるんだろう。特別な人と、特別でない人がいるんだろう。

いや、才能を持たない人は特別じゃないのか?特別かどうかは相対的な評価によって決まる。相対的な視点を無くして人間の価値を考えれば「いのちの価値は等しい」という結論に辿り着けるんでしょうか。



私は悪い人・ダメ人間になりえる要素が十分にあって、いつも怯えている気がします。

少しばかり常識人を演じてないと、救いようのない人間になり下がってしまいそうで、怖い。

社会からの目なんか気にしないで、嫌な事はしないで好きな事をして生きていきたいけど、それは社会に生きている以上許されない事なんだろうか。

良い人でないとダメなんだろうか。



しかし、私はどう生きたら良いんだろう。

ていうか何のために生きてんだろう。

わからん・・・。

わからん・・・。

頭の中

Posted by らん on under ダイアリー | 3 コメント

なーんかモヤモヤしてんのに、どうしてモヤモヤしてるのか分からない。

そんな事がよくあります。

私は、感情の変化や自分の行動の理由を、自分でも理解できないということが多いです。

とにかく心が自由気ままに変化してしまって、どうしてそう感じるのか、そう動くのか、思考が追いつかないんです。

どうも左脳の回転が鈍いようです。

そう、そうなんです。左脳が怠け者過ぎるんです。自分の中の動きを分析して、整理してきれいに伝える役目を持っているはずの左脳が、動かない。

例えば、不登校になった理由。とにかく感情が「学校嫌い!」と叫んでいて、体もそれに従っちゃって動かんし、でも理由が分らなくてお手上げ~みたいな事がたくさんあるわけです。

「理由」を表すのに必要な語彙が不足しているのか、語彙から該当する言葉を探し出すのが下手なのか。

誰かがその「理由」に近い言葉を放った時にはピンとくるんです。それだ!必要な言葉はそれだ、と。だから多分探すのが下手なだけなんだろうなぁとは思うんですが・・・どう探せばよいやら・・・

(あ、いや。小学校で不登校になった時には、理由を表すのに必要な語彙が無かった。だから、当時の気持ちを忘れかけている今はもう、どの言葉が当時の気持ちに当てはまるものなのか分らない。でも、記憶に新しい高校の不登校は、必要な語彙は多少あった。しかし探すのが下手で・・・みたいな・・・)

感情というベールに包まれて、輪郭を持たず漂う「理由」は、必要な言葉を引き寄せた瞬間にカチッと固まり輪郭を表します。それからやっと自分のものになって、自分が何をしたいか分ります。そうして前に進めるんです。

しかし私は、必要な言葉を自分で見つけて表すのが本当に苦手です。まだ形になってないままに誰かに伝えようとすると、それこそ未完成な言葉よりも感情の方が優先してしまい、涙となって溢れ出てしまいます。もっと言葉に全てを集約できたなら、泣かずに言えるんでしょうけど・・・。

どうしたら、自分の中身をすぐに理解できるようになるのかしら。がんばれ、左脳。

今年の雪

Posted by らん on 2011 年 1 月 20 日 under ダイアリー | コメントをどうぞ

今年も、たくさん雪が積もりました。

去年までの私は雪に苦しむ世間をよそに、降り積もる雪を嬉々として迎えていたというのに…のに…

 

これが大人になるという事でしょうか・・・。

雪が、疎ましい!

「まーた降ってるよー」なんてゲンナリしてしまう日が、私にも訪れようとは。こんな展開を、誰が予想できただろうか。(誰も予想しないだろうけど)心はいつでも予想外な動きを見せるもんです・・・コントロールできないってのがまた、ふしぎ。

今までどおりに喜べなくなった原因は分かっているのです。

ひとつは、車に乗れるようになった事。

だって雪道怖いじゃん!危ないじゃん!

それと、朝ジョギングするようになった事。

走らないと太る一方なんだもの!(しかし走った分だけ食べてるので痩せない)

 

ぬー

繰り返しますが、これが大人になるという事なんでしょうか・・・。

しかし、やはり見渡す限り真っ白な風景を一目見てしまうと、たちまち憂鬱さもぶっとんでしまうのです。美しくて、懐かしくて、これぞ上越!と思わずにはいられません。

あれほど色で溢れていた景色を、一瞬にして真っ白に染めてしまう雪。

ああそうか。

雪は、大地が春からまた新しくスタートするために、一度白紙に戻すんだ。クリアにしてくれるんだー。

なんて、ため息の合間にろまんちっくなことを考える余裕さえ与えてくれるんですから、雪の魅力って壮絶です。

って思えるのも今のうちなのかなぁ。